「所変われば品変わる」という言葉があります。言葉や風俗習慣は所によって違ってくる、との意味は誰でも知っていますが、テレビや新聞・雑誌更にはパソコン、スマホ等による情報伝達の多様化により、世界中共通認識が増加しつつあるものの、意外性はやはりあるでしょう。特にある程度の期間住んでみないと実感できないことがあります。
私の中国各地の流浪の生活の中から2点紹介しましょう。
① 河川には何時も水が流れている等信じられない!寧夏回族自治区の北端のオアシスとも言うべき街に2年間生活したことがあるが、黄河や長江等大河でもないかぎり通常川に水がないのが当たり前と現地の人々は信じており、正に実態もその通りであった。日本では長さが2-30㎞の川でも常に水が流れていると言うと、信じられないと言う。然し次の街に行くには少なくても3-40㎞車を走らせないと到着しないが、その間がほとんど砂漠であるにも拘わらず洪水の痕跡が多々あった、然し通常は水無川だった。夏には数回雨が降り、時には豪雨となり一気に流れ来て流れ去った。日本人の目には、何故貴重な降雨を逃さないように溜池等作らないのかと気になったが、まるで常識が違うようです。更に日本にはほとんど存在しない過水路とか過水橋と言うのが沢山あり、豪雨があれば、雨水を路上のみならず橋の上も自由に流すというものです。尚、7ヵ月間全く雨が降らずともニュースにはならず、秋から春迄、湿度が10%を切ることもしばしばで、夜間洗濯し室内干しでも朝迄にカラカラに乾燥したので、加湿器代わりに厚物の衣服やバスタオルを毎夜の如く洗濯した。
② 一方1996-99年武漢にも住んだことがあるが、長江が市内を東北方向に流れている。
河口は上海北側で、幅が40㎞もあり武漢からは流域の長さ千キロ弱、一方武漢―重慶は千キロ余あり、更に上流はくねくねと曲がっており、全長は6,400㎞で水源地は、面積が日本の二倍の青海省(広大な湿地帯が沢山ある)西部にある。1998年夏青海省や四川省で大雨が数日間続いた時、武漢での天気予報は丁度日本での台風襲来前類似の状況だった。即ち長江の異常水位が何時頃、何処に到達するか、何時頃分洪政策(武漢上流で故意に堤防を決壊させ、広範な農村地帯に流す)を実行するか等予報した。流量が桁違いで、武漢地区では通常毎秒2万㎥が5万㎥(一時間で黒部ダムの貯水量相当の2億㎥、6日間で琵琶湖の貯水量に近い260億㎥となる)にも達した。

斯様な日本では信じられない自然条件が風俗習慣の成立に相当影響していると共に、定着すると簡単には変わらないこともある。中国人は親しい人達には大いに気遣いするが、見知らぬ人々には冷淡であるとか、自己主張が強く、滅多に謝罪せず、緻密ではないがおおざっぱで,おおらかである等など(そうでないと生きて来れなかった)。
 一方日本人は相当親密な関係でも挨拶時に握手するとか、抱擁することは殆どありません。日本に帰化されたアメリカの著名な日本学研究者であるドナルド・キーン氏がテレビで語っていたことですが、「人前を横切る時少し前かがみになり、開いた手を前に突き出し軽く上下動するのは、決まって日本人である。中国人や欧米人はそうすることはない」と言っていましたが、事実その通りでしょう。
 (2015-11-30記)

  お願い:私のブログに対し、ご意見やご異論、ご遠慮なくお寄せください。
 「参考になるとか役に立つ」とのことでしたら、お知り合いにもお奨め下さい。

  柳沢経歴:以前のURL表記にミスあり、下記にてよろしく。 
        https://www.consultant-blog.com/yanagizawa/
  Mail add:knhr-yana@jcom.home.ne.jp