中国進出-中国を知るS.(50 ):日中比較再論
夏王朝前の伝説上の聖天子,尭(ぎょう)が身分を隠して、天下の情勢を視察した時ある老人が、歌ったと言う「鼓腹撃壌」については、高校時代に漢文の授業で学んでおり、多くの日本人はご承知と思うが、若しかしたら忘れているかも知れません。
1965年以来25-6年もの間中国各地で中国の人々の立居振舞を見てきた私には、この詩の意味は中国各地に共通し尚且つ昔も今もあまり変わらないなと思わされ、時々思い出しては一人苦笑したものです。「日出而作 日入而息 鑿井而飲 耕田而食 帝力何有於我哉」
(日が出れば仕事をし、日が沈めば休み、井戸を掘って水を飲み 、田畑を耕して食う。天子さま等ワシには関係ないよ!)この詩は十八史略で紹介されているが、伝承通りなら4,000年以上も前のことになるが、実際は覇権を競い合う春秋戦国時代に、遥か昔の平和な時代を追憶して作られたものでしょう。
この詩には、人々が自由気ままに生きて居ながら、平和が保たれる理想の天下、国家
を描いています。種々の規制を嫌い又は無視したくなる中国人の気質も示しているでしょう。中国の“新幹線”は全て「和諧号」と命名され、車体に大書されているのも、今なお夢である中国人の追求する理想を表現していると思われる。無意識の中に周りの人々との調和を考えてしまう日本人とのギャップは甚だ大きいと言えよう。
一方1978年末に鄧小平により、改革開放政策の大号令が下された時、同時に「これからは国の大門を開くので、良いものがどんどん入ってくるが、同時に悪いものも入ってくると覚悟すべきである」と述べられました。当時ある国営の貿易公司の総経理との懇談の折、その総経理は「鄧小平の談話の後半は不十分である。悪いものも入ってくると共に今まで眠っていた悪弊が目を覚ます、と言うことになろう」と述べられたが、正にその通りになっている。例えば、文革前は「中国にはハエとコソ泥はいない」と言われ、確かに中国に駐在し生活していても、ものがなくなる心配は不要であったが、何時の間にか「他人の物を盗るのは良くないが、盗られるのはもっと悪い」と言うのが常識になってしまった。人口が日本の11倍もあり、国土も25倍以上の中国は、全体としては世界第二の経済大国として自信を深めているが、モラル面では最早日本に追い付けないレベルまで低下してしまっている。例えば、日本に定住している中国人は、郊外の人気のない所に自動販売機が設置されていても、殆ど盗難事件にならないこと、又私の住んでいるさいたま市の郊外では、昔からの農家が自家製の野菜など道端に簡単な棚を作り無人販売しているが、とても中国ではこんな商売は出来ないと、驚いている。
この様なモラルの問題は、環境汚染や汚職問題にも繋がり、目先の利益追求による成果より遥か大きな、計算不能とも言えるほどの社会的損失に繋がっているのは間違いないが、中国でそれに気づいている人達は少数派であろう。
今後とも注視していく必要があろう。
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柳沢経歴 http://www.nakatsu-bc.co.jp/komon/komon-2.html
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