2017年 5月の記事一覧

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17年05月22日 21時23分11秒
Posted by: yanagizawa

前回、日本の“島国根性”に就いて若干記したが、本来混血だった日本人が時間の経過に連れて同化し、同一民族の社会の中で生活しているとの潜在意識になった。逆に言えばアメリカや中国のように、沢山の異民族が混在して頻繁に接触する機会がないので、他民族との相違点を意識することなしに生活することが習慣化したとも言える。
1、 ところが最近2-3年外国人と触れ合うテレビ番組が大変多くなった。来日旅行客が急増したこともあり、外国人との交流の機会が増えた為、日本(人)との相違点に関心を持つ人々も増えたからとも言えよう。外国の僻地で暮らし懸命に努力し現地に溶け込んでいる日本人、日本人も余り気付かなかった優れた技術や伝統を視察に来日した外国の専門家の動静等枚挙にいとまがない程増えている。
2、 以前よく言われたことだが、「街角のタバコ屋に明らかに外国人と見える人が道を尋ねようとすると、店番をしていたおばあさんは慌てて、学生の孫を呼んで英語で対応させようとする」は、半ば笑い話になっていた。中国であれば、当たり前のようにその土地の言葉で対応するが、他の諸国でも同様であろう。混合民族国家で生活していると、自然と他民族との違いが感じられ自我意識が強くなってしまうのでしょう。
3、 然し、日本(人)の特性を観察すると、殆どの日本人が意識しない極めて優れた国際性を有していることに気付く筈です。其れは“島国根性”とは、反対の状況とも言えるでしょう。有史以来、海外の文化を貪欲に吸収し、より一層品質を高めたり、多様化したり創意工夫をして来たことです。古代に於いては大陸や朝鮮半島から多くの文化を導入し、今でも学校教育でもきちんと教えていることは、大いにアッピールしてよいでしょう。江戸時代、既に7-8割の日本人は「読み書きソロバン」が出来たことが 、明治以降教育を普及徹底させ欧米文化を吸収するのに追い風になったことは間違いないでしょう。戦後暫くは何かと、「デモクラシー」とか「文化、、、」と叫ばれ、主としてアメリカ文化を吸収してきた。在日外国人比率は現在2%程度と僅かだが、それでいて多様な外国の文化が日本ほど定着している国は、他にはあまりないでしょう。
4、 一方最近は海外に留学する学生数が減少しているのは問題です。留学生の交換を含め、広範な領域での文化交流は極めて大切なことは論を待ちません。特に日本の若者が今後海外で活躍する為にも、外国語を学び外国の事情や国際的規範に精通しておくことは、極めて大切です。
5、 又大きな隣国である中国大陸との貿易規模の大きさに較べ、文化交流の規模は小さ過ぎると思います。例えば著名な中華系歌手にしても、テレサテン(鄧麗君)、ジュディオング(翁倩玉)、欧陽菲菲等は台湾出身、アグネスチャン(陳美齢)は香港出身であり、大陸出身者の活躍はあまり多くないのが実情です。更に欧米やロシアの民謡等は昔からかなり日本で知られているが、中国や韓国のものは極僅かでしょう。
 次回は平和維持(安全保障)に対する日本の異常な状況について述べましょう。

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17年05月08日 14時32分35秒
Posted by: yanagizawa

  ここで寄り道をして、意外に知らない我々日本人に就いて記してみたい。日本人の特徴、特に前回稀に見る性善説に近い民族性を有していることを記したが、自分を見つめ直してみると他人がよりよく理解できると思うからである。前にも記したことがあるが、注意すべきことは人種と民族は本来異なる概念であり、人種は何処で生まれどこで成長したかに関係なく、血縁的な分類であり大体見た目で分かる。民族性は見た目では分からず、使用する言語や風俗習慣の相違による分類である。
1、 日本人は数万年前に主として大陸から渡来したモンゴル系人種をルーツとして、現在でも色濃くその特徴を有していると言われるシベリアのバイカル湖周辺のツングース系統の人々との混血人種であることは、よく知られている。随分昔だが、あるテレビ番組でツングース系の特徴が強い著名人として「男はつらいよ!」で寅さんを演じた渥美清を例示していた。目が細いのが特徴である。
2、 縄文時代終期から、弥生時代、古墳時代、飛鳥時代と奈良時代以前には、かなり長期間大陸の華東地区(江蘇、浙江、福建等)や朝鮮半島から渡来人があり、最近の研究では現代日本人の大半は渡来系と言うことである。上海東南海で寧波北方に散らばる舟山群島では春秋戦国時代に既に遠洋航海できるカマド船が使用されており、黒潮に乗れば二日足らずで九州まで到達可能だったことも分かっている。又漢和辞典を見れば分かるように、漢字の音読みには呉音、越音、漢音等の表記があり、いろんな時代に中国各地の“読み”が伝来した為、日本での漢字の読み方が複雑化した原因とも言われる。
3、 雲南省南端でシーサンパンナ(西双版納)のタイ族の住むに景洪地区に旅行したことがあるが、鳥居の原型(鳥居の上部に烏らしき模型がある)を見ただけでなく、その他風俗習慣が昔の日本に似ていることを知った。彼らは1980年代の後半の数年間上海の錦江飯店南楼のレストランシアターで、下駄を履いたり、カラ傘を差したりした踊り等も披露していた。又ブータン人やネパールの一部の人達は日本人そっくりである。秦の統一前の戦国時代に呉越間や楚との戦いが何度もあり、夫々敗戦した時、一部の人々が雲南省南部や海を渡り日本まで逃れて来たとの伝承は、ある程度信憑性があると思われる。
4、 朝鮮半島では、歴史上何度も王朝が替わり分裂国家にもなる一方、領土も黒竜江省のハルピンまで延びていた時代も結構長かったが、一時期は北朝鮮のピョンヤン(平壌)のすぐ北側辺りまで縮小させられた時代もあった。大陸や朝鮮半島と較べ気候温暖で戦乱も少ないと信じられ(蓬莱思想にもなった)、多くの人々が渡来したことは間違いなかろう。
5、 四方が海に囲まれて日本では“島国根性”と言われるように、独り善がりになる傾向を有すると同時に、見知らぬ人ともあまり分け隔てなく生活し、地震、台風、噴火等一旦緩急あれば助け合うことが民族性になった側面もある。一方必ずしも物資が豊かでない環境から、モノを大切にして、緻密な作業をする職人気質を生み出し、人々は其れを尊敬する様になった。仏像なども日本に伝来した後はより精緻に作られる等、実例は枚挙にいとまがない。

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