1 危険負担とは、双務契約において、契約成立後に債務者の責めに帰すこと
 ができない事由によって履行不能が生じた場合(例えば、建物の売買で建物
 が地震で滅失場合)に、他の一方の負担する債務(例えば、買主の代金債務)
 の運命はどうなるかという問題である。もし、他の債務(代金債務)も消滅する
 なら、消滅した建物の引渡し義務を負う債務者(売主)が危険を負担す
るので、
 債務者主義という。他の債務(代金債務)は存続するなら、消滅し
た債務の債
 権者(買主)が危険を負担するので、債権者主義という。

2 例外としての債権者主義
  民法は、債務者主義を原則としているが(民法5361)、特定物に関す
 る物権の設定又は移転を目的とする双務契約においては(土地や建物の売
 買
契約や交換契約)、債権者主義を採用している(民法534)
  例えば、建物の売買契約において、売主の責めに帰すことができない事由
 によって建物が滅失し、又は損傷した場合、その滅失・損傷は債権者の負担
 に帰する(民法5341)
  だから、売主は、建物が滅失した場合には、建物を引渡すことはできないが、
 代金の全額を請求できるのである。建物が損傷した場合には、損傷した
建物
 を現状のままで、引き渡せば足り、代金は全額請求できる。
  この特定物の売買等において債権者主義を採用したのは、原則として、売
 買契約があれば、その時点で所有権が移転するから、買主は所有者として
 危
険を負担すべきであるからだとする。
  なお、建物の二重譲渡や他人物売買については、まだ、目的物の支配が
 債
権者(買主)に移転していないので、原則の債務者主義を採用すべきだと
 さ
れている。

  新品のテレビ・冷蔵庫等のような不特定物売買の場合、債務者が物の給
 付をするのに必要な行為を完了し、又は債権者の同意を得てその給付す
 べ
き物を指定したときから、債権者主義が適用される(民法534条2項)。

  この危険負担の規定は任意規定であり、当事者の特約で変更できる。

  なお、当然のことであるが、売買において、買主の債務が履行不能にな
 るということはありえない。金銭債務は履行不能ということはないからで
 る。

 ここで、土地や建物の売買契約における所有権の移転時期について見る
とにする。
①原則として、契約と同時に所有権は移転する(判例・通説、民法176)
②例外として、当事者が所有権の移転時期を特約(代金の完済のときとか、
 何月何日とか)したときは、その時に移転する。また、他人物売買の場合
 には、その他人から所有権を取得するまでは所有権は移転しない。さらに、
 未完成建物の売買契約においては、建物が完成するまでは所有権は移
 転し
ない。

確認事項
(1) 危険負担は、建物が、売買契約成立後その引渡し前に、債務者(売
 主)
の責めに帰すことができない事由によって滅失・損傷した場合である。
 債
権者(買主)の責めに帰すべき事由による場合も含まれる。
(2) 建物が、売買契約成立後その引渡し前に、債務者(売主)の責めに帰
 すべき事由で滅失・損傷した場合には、債務不履行(履行不能又は一部
 履
行不能)の問題となり、買主から契約の解除や損害賠償の請求ができる。
  また、債務者(売主)の履行遅滞中に、不可抗力(地震や火災)で建物
 滅失又は損傷した場合には、遅滞中の不能として、債務者(売主)の責

 に帰すべきものとして、債務不履行の問題である。
(3) 建物が、売買契約締結前に滅失していた場合は、契約の目的物がな
 く
なっているので(原始的不能という)、契約は無効となる。契約締結上の
 過失が問題となる。
(4) 建物が、売買契約締結前に損傷していた場合、目的物に原始的な一
 部
不能があるとして瑕疵担保責任の問題となる。

 (3)の場合は、契約は無効となるが、危険負担、債務不履行、瑕疵担保
任は、契約は有効とした上で、その後の法律関係についてそれぞれの
問題
ごとに法的な処理を規定していることに注意すること。

3 停止条件付双務契約の特則
  債権者主義が適用される双務契約が停止条件付であって(例えば、秋
 に転勤すれば建物を売るという契約)、その条件が成否未定の間に建物
 が
「滅失」したときには、債権者主義は適用されない(民法5351)
 したがって、原則にかえって債務者主義が適用される。つまり、転勤に
 っても、売主は売買代金は取れないということになる。
その条件が成否
 未定の間に建物が「損傷」したときには、債権者主義
が適用される(民法
 5352)。したがって、転勤になれば、売主は代
金の全額を請求でき
 る。そして、損傷した建物はその状態で買主に引き
渡さなければならない。
 滅失と損傷とを異なって扱っていることに注意。

  もちろん、条件が成就しなかったときは、契約は無効になるだけであり、
 危険負担など問題にならない。

  なお、
5353項は、債務不履行のことを規定しているだけであり、

 傷と滅失とで異なるものではない。

4 原則としての債務者主義
  前2条に規定する場合(特定物に関する物権の設定又は移転を目的
 と
する双務契約と停止条件付双務契約の特則)を除いて、当事者双方
 の責
めに帰すことができない事由によって債務を履行することができな
 くな
ったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない(民法536
 条
1)
  債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなく
 なったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない(民法536
 条2項前段)。この場合には、当然に債権者主義である。

  なお、債権者主義が適用される場合、債務者は、自己の債務を免れ
 たことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければな
 ないとされている
(民法5362項後段)。当事者の公平を図ったの

 ある。この規定は、前に述べた特定物に関する物権の設定又は移転
 を目的とする双務契約において債権者主義が適用される場合にも、
 準
用される。
  例えば、先の例で、建物が滅失した場合、債務者(売主)は、代金
 全額を請求できるが、売主は、建物をリホームして引き渡すという
約束
 があり、そのリホームを免れたような場合には、そのリホームに
要した
 であろう費用は、買主に償還しなければならないということで
ある。

  この原則としての債務者主義は、請負契約、賃貸借契約、委任契約
 (有償の場合)等
に適用される。

5 管理業務主任者試験の過去問
  管理業務主任者試験でも、たまに、管理委託契約の危険負担の問
 題が
出題されているので、見てみよう。

平成22年度
【問 2】 マンションの管理組合A(以下本問において「A」という。)とマ
ンション管理業者(マンション管理適正化法第
2条第8号に規定する

をいう。以下同じ。)であるB(以下本問において「B」という。)との
間で
管理委託契約が締結された場合に関する次の記述のうち、民法の規
によれば、正しいものはどれか。
1 A及びBの債務が共に弁済期にある場合には、Aは、Bが委託業務
 に
係る債務の履行の提供前であっても、委託業務費の支払債務の
 履 行を拒
むことができない。
2 Bが、A及びB双方の責めに帰することができない事由によって委
 託
業務に係る債務を履行することができなくなったときには、Bは、A
 に
対して、委託業務費の半分の支払いを請求することができる。
3 Bが、Aの責めに帰すべき事由によって委託業務に係る債務を履
 行す
ることができなくなったときには、Bは、Aに対して、委託業務費
 の支
払いを請求することができる。
4 Aが、Bに対して、管理委託契約の解除の意思表示をした場合で
 も、
Aは、その意思表示を撤回することができる。

正解 3
×1 誤り。双務契約の当事者の一方は、双方の債務が弁済期にあ
  る場合、
相手方がその債務の履行を提供するまでは、自己の債
  務の履行を拒む
ことができる(民法533条)。いわゆる同時履行の
  抗弁権である。A
は、Bが委託業務に係る債務の履行の提供があ
  るまでは、委託業務費
の支払債務の履行を拒むことができる。
×2 誤り。契約当事者双方の責めに帰することができない事由で債
  務の
履行ができないときは、債務者は、反対給付を受ける権利を
  有しない
(民法5361項)。Bは、Aに対して、委託業務費の支払
  いを請求す
ることができない。
〇3 正しい。債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行する
  こと
ができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を
  失わな
(民法5362項)。この場合には、Bは、Aに対して、委
  託業務費
の支払いを請求することができる。
×4 誤り。解除の意思表示は撤回できない(民法5402項)。Aが、
  B
に対して、管理委託契約の解除の意思表示をした場合には、A
  は、そ
の意思表示を撤回することができない。

 この問題で、肢2と肢3が今まで見た危険負担の問題である。原則
とし
ての債務者主義が適用される問題である。出題は極めて単純化
しているが、これを詳しく見ることにする。
例えば、
AB間で管理委託
契約を締結し、委託業務費を月
100万円とし、その期間
は1年間とし
たとする。

肢2について
① 当該マンションが、管理の開始日以前に地震で滅失した場合、
  契約当
事者双方の責めに帰することができない事由で債務を履
  行(管理業務の
履行)することができなくなっているので、債務者
  主義により、Bは、
委託業務費を一切請求できない(民法536
  1項)。
② 当該マンションが、管理を開始してから半年経って地震により滅
  失し
た場合、もちろん、この場合も債務者主義により、Bは、将来
  の半年分
の委託業務費は請求できない(民法5361項)。しかし、
  既に管理した
半年分の委託業務費(600万円)は当然に請求でき
  るし、既に受領して
いれば返還する必要はない(民法6483)

肢3について
① 当該マンションが、管理の開始日以前にAが何らの正当な理由な
  く、
当該マンションの管理をB以外の者に委託し管理をさせたため、
  Bが管
理業務の履行ができなくなった場合、この場合は、債権者
  の責めに帰す
べき事由によって債務を履行することができなくなっ
  たのであるから、
債務者(B)は、債権者主義により、反対給付を受
  ける権利を失わない
(民法5362項前段)。ということは、Bは、
  1年分の委託業務費
(1,200
万円)を請求できる。
   ただし、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得た
  とき
は、これを債権者に償還しなければならないとされている(
  法
5362
項後段)。したがって、Bは、1年間の管理に要する費
  用を免れるわけで
あるから、その費用はAに償還しなければなら
  ない。
② 当該マンションの管理を開始してから半年経ってから、Aが何ら
 の正
当な理由なく、当該マンションの管理をB以外の者に委託し管
 理をさせ
たため、Bが管理業務の履行ができなくなった場合、この
 場合も、債権
者の責めに帰すべき事由によって債務を履行するこ
 とができなくなった
のであるから、Bは、債権者主義により、残りの
 半年分の委託業務費
(600
万円)をも請求できる(民法5362
 前段)。
  ただし、Bは、半年分の管理に要する費用を免れるわけであるか
 ら、
その費用はAに償還しなければならない(民法5362項後段)

 継続的な契約の場合には、契約の途中で債務の履行が不可能に
なる場合
があるので、この点を注意しながら、危険負担の問題を考
えなければなら
ない。平成22年度の問題は、Bが管理業務を開始
する前に委託業務に係
る債務を履行することができなくなった場合
として考えればよい。出題者
もこの点を十分理解した上で、問題文
の作成をしてほしい。

 なお、危険負担に関する規定(天災その他不可抗力による損害の
負担)
は、任意規定であり、当事者間で特約して、民法の規定と異な
る定めを
することができる。この特約がある場合、重要事項(業法35
)の説明事
項ではないが、契約書面(業法37)の記載事項であ
る(売買・交換・貸
借も)。