2014年 9月の記事一覧
9 無権代理と登記
代理権がないのに、他人の代理人として第三者と契約をした場合、
表見代理が成立する要件を満たし、第三者が表見代理を主張すると
契約が有効として扱われる。表見代理の要件を満たさない場合には、
狭義の無権代理といい、この場合、本人の追認権と追認拒絶権が認
められている。
無権代理の場合、本人はこれによって何らの法律効果を受けない
が(つまり契約は無効である)、本人はこれを追認することができる(民
法113条1項)。ここでの追認とは、法律効果を受けない(無効な)無
権代理行為を、最初から代理権があったと同様の効果を生じさせる
(有効にする)ことである。取り消すことができる契約の場合の追認は、
一応有効な契約を完全に有効(取り消すことができなくなる)にするも
のである。
追認の拒絶はもともと無効なものを無効に確定することである。
追認があると、原則として、契約の時にさかのぼって当該行為が
有効となる(民法116条本文)。
つまり、無権代理人Bが、Aの土地をAの代理人としてCに売却し
た後、Aが追認した場合、AC間の契約はさかのぼって有効となる。
ところが、Aが追認する前に当該土地をDに売却していたときは、C
とDの関係はどうなるか。この場合には、先に登記をした者が優先
する(民法177条)。
この場合も、Aが無権代理を追認することによって、AC間の契約
は有効となり、土地の所有権がA→C、A→Dに二重に譲渡された
場合と同じように考えるのである。
ただし、ここで注意してほしいのは、民法の規定が、追認の遡及
効によって第三者の権利を害することができないと規定している点
である(民法116条ただし書)。この民法の条文通りに解釈すると、
AC間の契約が遡及することによって、追認前にAがDに当該土地
を売却していて、Dが所有権を取得しているので、Dの権利を害す
ることができないから、Dの登記の有無にかかわらず、Dが常に勝
つのではないかということである。しかし、対抗関係で処理すること
が妥当である設問の場合には、このただし書の規定は適用されな
いと解されている。
つまり、CD間は登記で決するのである。
ということは、AがBの無権代理の追認の後にDに売却した場合
でも、同じようにCD間は登記で決することになる。
不動産の共有者の一員が自己の持分を譲渡した場合における譲
受人以外の他の共有者は民法177条の第三者該当する(判例)。
つまり、AB共有の土地について、Aからその持分の譲渡を受けた
Cは、持分取得の登記をしなければ、Bに対して持分の取得を対抗
できない。平成16年度【問3】肢3参照。
不動産の物権変動は登記をしなければ第三者に対抗できないと
言ったが、不動産に関する物権でも、占有権、留置権、一般先取特
権、入会権は登記をすることはできない。これらの権利は、登記が
なくても第三者に対抗できるのである。
また、登記が先の者が常に優先するということでもない。例えば、
不動産に対する先取特権で、適法に登記された不動産保存の先取
特権や不動産工事の先取特権は、それより前に登記された抵当権
にも優先する(民法339条)。
だから、不動産に関する物権変動は常に登記をしなければ第三者
に対抗できないとか、不動産に関する物権は登記の先の者が常に
優先するというものではない。例外があるということを念頭において
ほしい。
以上で、不動産物権変動と登記については終わりとする。
8 通謀虚偽表示と登記
① 通謀虚偽表示とは、契約の当事者ABが、通謀して真意と異なる意思
表示(虚偽の意思表示)をすることである(Aが債権者の差押えを免れる
ため、財産(土地・建物等)をBに売却したように財産を隠す目的で売買
契約を装う場合が典型例である)。
通謀虚偽表示は、当事者間に契約を締結する意思が欠けているので
あるから、無効とされている(民法94条1項)。したがって、Aの債権者は、
当該土地をAのものとして差し押さえることができる。
この無効は、善意の第三者に対抗できない(民法94条2項)。つまり、
ABの当事者間では売買契約は無効であり、何らの効果も生じないが、
AB間の事情を知らずに(善意)、CがBより当該土地を買受けたり、賃
借したり、抵当権を設定したり、差押えをしたりした場合に、Aは、Cに
Bとの契約の無効を主張して、当該土地の所有権を主張して返還せよ
とか、賃借権や抵当権は無効だとか、差押さえは無効だとか言えない
ということである。つまり、AB間が有効な契約であると信じてBと取引
をしたCを保護しようとするものである。虚偽表示をした者より、善意の
第三者を保護する必要があるからである。したがって、この場合には、
Aの債権者も、善意の第三者に対しては差押えはできなくなる。第三
者は善意であればよく、過失の有無を問わない。また、第三者は登記
をしていなくてもよい(判例)。
また、善意の第三者Cからさらに譲り受けた者D(転得者)が悪意で
あっても、AはDに対しても対抗できない。一度善意者が介在すると、
以後はその地位を承継するからである。
直接の第三者Cが悪意でも、転得者Dが善意であれば、AはDには
対抗できない。
Aが善意の第三者C・Dに対抗できないときでも、Aは、Bに対しては
無効の主張ができ、Bの責任を追及できる。
心裡留保が例外的に無効とされる場合に(民法93条ただし書)、94
条2項を類推適用して、善意の第三者に対抗できないと解されている。
判例⇒ 通謀虚偽表示とは言えないが、Aが建物を新築したが、Bに無
断でB名義の所有権保存登記をしていたところ、Bが勝手に自己
の所有物としてCに売却した場合、Cが善意であれば、通謀虚偽
表示の規定(民法94条2項)を類推適用して、Aは、Cに当該建物
の所有権を対抗できないとした判例がある。
AB間には通謀や虚偽の売買もないが、虚偽の外形を作ったA
よりも、これを信頼したCを保護すべきだからである。
判例⇒ Aの所有地をBが勝手に自己名義の登記をしているのをAが
知ったが、すぐに登記を回復することなく放置していたところ、善
意のCがBから当該土地を買受けた場合、民法94条2項を類推
適用して、Aは、Cに当該土地の所有権を対抗できないとした判
例がある。
この事例では、Aが積極的に虚偽の事実を作り上げているわ
けではないが、自分の土地について登記が第三者名義になって
いることを知りながらこれを放置することは、自ら虚偽の事実を
作り上げていることと変わりがないと判断されたのである。
以上と異なり、A所有土地・建物について、Bが勝手に自己の所有物
として登記をして、Aが知らない間に、BがCに売却した場合、Cが善意
であっても、Aは当該土地・建物の所有権をCに対抗できる。この場合、
Aに何らの帰責事由がないからである。不動産については単に登記を
信頼しただけでCが保護されるものではないことに注意すること。
ちなみに、動産については、相手方の占有を信頼して取引に入った
場合、動産の所有権を取得できるとする、即時取得(善意取得)の制度
があるが(民法192条)、この点については、最初の方でみたように、
不動産の登記については、公信力がなく、動産の占有については公信
力が認められているとして述べている。
② AB間のA所有土地の売買契約が通謀虚偽表示である場合、C
が善意でBから当該土地を買受けたときは、Cが善意であれば、C
は登記をしなくても、Aに所有権を対抗できると言ったが、Cは、A
から当該土地を買受けたDに対しては、登記をしなければ対抗で
きない(判例)ことに注意すること。もちろん、Dも登記をしなければ、
善意のCには対抗できない。つまり、この場合、A所有土地がA→
B→Cと譲渡され(AB間の無効を善意のCに対抗できないという
ことは、Cからみれば、AB間は有効となるという意味である。)、
さらにA→Dに二重に譲渡された場合と同様に考えて、CとDは対
抗関係に立つと見るのである(民法177条)。平成12年度【問4】
肢4。
7 契約の解除と第三者
① 契約の解除前の第三者
Aが自己所有土地についてBと売買契約を締結し、さらにBが当
該土地についてCと売買契約をした後に、AがBの債務不履行を
理由に契約を解除した場合、A及びBは原状回復義務を負う(民法
545条1項本文)。ただし、第三者の権利を害することはできないと
される(同ただし書)。ということは、AB間の原状回復によって、Cの
権利(所有権)を侵害できないということである。ただし、判例は、C
は登記(対抗要件)がなければならないと解している。つまり、Cの
善悪は問わないが、登記をしていなければ保護されないという。こ
れも条文にないことを解釈で要件に加えているのである。
なお、Aが解除したときに、まだCが登記をしていなければ、Aは
登記をしていなくても、Cに優先するという考えが以前は有力だっ
たが、最近は、この場合でも、AとCは、先に登記をした者が優先
するというのが、通説のようである。あくまでも、登記を重視しよう
という考えである。平成13年度【問5】肢2。
先に見たAが契約を取り消しの場合にも、取消しの遡及効により(民
法121条)、当事者間では、原状回復義務を負い、それぞれ同時履行
の関係に立つことも解除と同じである。ただし、制限行為能力を理由に
取消した場合には、制限行為能力者は、現存利益を返還すればよい
という(民法121条ただし書)、原状回復義務の特例があることに注意。
② 契約の解除後の第三者
AがBとの土地の売買契約を解除した後に、BがCに当該土地を
売却した場合、AとCは、先に登記をした者が優先する(判例)。これ
は先に見た取消し後の第三者と全く同じことである。
平成13年度【問5】肢3
問題を解くときに注意してほしいのは、契約の取消し前に第三者か出
現したのか、取消し後に出現したのかをしっかりと見極めることである。
これが読み取れれば、後は、今まで見てきたことを当てはめるだけであ
る。解除の場合は、最近は、解除の前後を問わず、もっぱら対抗要件で
決するので、その差はなくなったといえる。
それから、時効と登記の場合も、時効完成前に出現した者と、時効完
成後に出現した者とは全く異なる扱いをしているので、問題文をしっかり
と読み取る必要がある。
以下は平成9年に出題された問題です。即答してほしい。これなどは
絶対に間違ってはならない問題である。
物権変動に関する次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、
正しいものはどれか。
1 Aが、Bに土地を譲渡して登記を移転した後、詐欺を理由に売買契
約を取り消した場合で、Aの取消し後に、BがCにその土地を譲渡して
登記を移転したとき、Aは、登記なしにCに対して土地の所有権を主
張できる。
2 DとEが土地を共同相続した場合で、遺産分割前にDがその土地を
自己の単独所有であるとしてD単独名義で登記し、Fに譲渡して登記
を移転したとき、Eは、登記なしにFに対して自己の相続分を主張でき
る。
3 GがHに土地を譲渡した場合で、Hに登記を移転する前に、Gが死
亡し、Iがその土地の特定遺贈を受け、登記の移転も受けたとき、H
は、登記なしにIに対して土地の所有権を主張できる。
4 Jが、K所有の土地を占有し取得時効期間を経過した場合で、時効
の完成後に、Kがその土地をLに譲渡して登記を移転したとき、Jは、
登記なしにLに対して当該時効による土地の取得を主張できる。
6 契約の取消しと第三者
① 契約の取消し前の第三者
Aが自己所有土地についてBと売買契約を締結し、さらにBが当
該土地についてCと売買契約をした後に、Aが契約を取り消した場
合について、Aが善意の第三者に対抗できないのは、詐欺を理由
に取消した場合だけである(民法96条3項)。制限行為能力を理由
に取り消した場合と強迫を理由に取消した場合には、善意の第三
者の保護規定がないので、Cが善意・無過失であっても、また登記
をしていても、AはCに対抗できる。無権利者から譲り受けても保護
されないという原則である。
なお、詐欺による取消しの場合、条文は「善意の第三者」に対抗
できないとあるが、善意であれば足りるのか、さらに登記をも必要
とするかについては、争いがある。判例もこの点は明らかではない。
明確に登記をしなければ保護されないという判例はないようである。
さらに、善意・無過失を要するとする学説もあるようだ。Cに登記が
必要だという説によると、AとCは、先に登記をしたものが優先する
という。
この問題を出題する場合、ここらの争いがあることを念頭におい
て、問題の作成をしてほしい。本番の試験では、Cが善意・無過失
で、移転登記をしている事例を出して、このようなCにはAは対抗で
きないとしている。極めて適切な出題である。第三者Cが善意・無
過失で登記をしていれば、保護されることに問題がないからである。
模擬試験などでは、この辺の争いに無頓着な出し方をしている場
合があるので注意が必要である。
ついでに言うが、通謀虚偽表示(心裡留保で無効な場合も)で無
効な場合について、善意の第三者に対抗できないという規定があ
るが(民法94条2項)、ここでいう第三者については、善意であれば
足り、登記も必要ではないというのが判例である。同じ文言であり
ながら、当事者間の利害関係を考慮して文言にないことを加えた
りするのが法律の解釈である。
② 契約の取消し後の第三者
AがBとの土地の売買契約をBの詐欺を理由に取り消した後に、
BがCに当該土地を売却した場合、AとCは、先に登記をした者が
優先する(判例)。これは、詐欺による取消しに関する事例の判例
であるが、詐欺による取消しに限らず、強迫や制限能力を理由に
取り消した場合でも、同様に考えるのが通説である。制限行為能
力者については、取消権を与えて保護しているが、取消権を行使
して契約を取り消した以上、その後は、通常の取引関係での登記
のルールに従うべきだからである。
土地が契約の取消しによりBからAに所有権が復帰するのと、B
からCに所有権が移転するのは、B→A、B→Cと二重に譲渡され
た場合と同様に考えるのである。
BからAへの登記は通常抹消登記であるが、移転登記がなされ
ることもある。いずれの登記をするにも、ABの共同申請が必要で
あるが、Bが協力しないときは、裁判所の確定判決がなければ登
記はできない。
こういう場合には、Aは、仮登記を申請することができる。仮登記
も共同申請が原則であるが、Bが協力しないときは、裁判所で、
「仮登記を命ずる処分の決定」を受ければ単独で仮登記の申請が
できる。仮登記をしておけば順位が確保できる。仮登記を命ずる処
分の決定は、確定判決と異なり、簡易迅速に決定が出る。
また、この土地はいま所有権を争っているということを公的に表す
(公示する)ために、処分禁止の仮処分を裁判所に申立てて登記を
することができる。これをすることによって、取消し後にCが現れるこ
とを防止できる。
こういうことをしないから、AはCに負けてしまうのである。
平成19年度【問6】肢1、平成22年度【問4】肢2など多数。
5 相続と登記
① AとBが土地の売買契約を締結した後、Aが死亡した場合、Bは、
登記なくしてAの相続人に対して土地の所有権を対抗できる。Aの相
続人もAと同様、当事者だからである。平成17年度【問8】肢1。
しかし、Aの相続人から、さらに当該土地を譲り受けたCに対しては、
Bは、登記がなければ対抗できない(判例)。平成17年度【問8】肢2。
また、AとBが土地の売買契約を締結した後、Aから特定遺贈を受け
たDに対しても、Bは、登記がなければ対抗できない(判例)。
② ABが土地を共同相続したが、遺産の分割前に、AがBに無断で自
己の単独登記をした後、Cに売却した場合、Bは、自己の相続分の登
記がなくても、Cに対して「自己の相続分」を対抗できる。AがBに無断
で自己の単独登記をしても、Bの持分については無権利者であり、C
は無権利者から「Bの持分」を譲り受けているからである。
なお、CがAの持分について所有権を取得するのはいうまでもない。
平成19年度【問6】肢3、平成15年度【問12】肢1。
③ ABが土地を共同相続し、ABが各2分の1の共有登記をした後、遺
産分割により、Bが当該土地を単独で相続したが、その登記(単独登
記)がない間に、Aが登記上の2分の1の持分をCに売却した場合、B
は、単独の登記をしなければ、Cに対して2分の1を対抗できない。
(判例)。平成15年度【問12】肢2。
この場合も、②と同じように、Aは遺産分割により自分の持分2分の
1の権利を失っており、無権利者となったのだから、Cは無権利者Aか
ら2分の1を売却により取得しているので、無権利者ではないのかと
いうことである。
しかし、②の場合、相続によりAが取得したのは2分の1であり、残
り2分の1は、Bの権利である。これを勝手に自分の権利として単独
登記をしており、Aは、Bの2分の1については、はじめから全くの無
権利者である。だから、無権利者から譲り受けたCは、無権利者で
ある。
ところが、③の事例は、遺産分割により、Aの持分の2分の1がB
に移転している。他方Aの持分の2分の1は、AからC譲渡されてい
る。つまり、共有持分の2分の1が、AからBに遺産分割により移転
され、さらに、AからCに売買により譲渡されている。Aの持分がA→
B、A→Cに二重譲渡されているのである。しがって、Bは、その取
得する持分について登記(自分の持分と合わせて単独登記)をしな
ければ、第三者に対抗できないとされるのである。Aの2分の1の持
分については、Aは元々権利者であり、全くの無権利者ではなかっ
たのである。
時効と登記のところで述べたことを参照。
④ ABが土地を共同相続したが、Aが相続を放棄したことにより、B
が当該土地を単独で相続した場合、その後、Aが相続の放棄前に
有していた2分の1の持分をCに売却しても、Bは、その登記(単独
所有登記)なくして単独所有をCに対抗できる(判例)。
③の遺産分割と異なり、相続の放棄により取得する場合には、登
記を要しないとするのが判例である。それは、相続の放棄をした者
は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみ
なされ(民法939条)、Aの相続の放棄により、Aは初めから相続に
ついては持分を取得していなかったということになる。したがって、
Aから持分の譲渡を受けたCは、無権利者からの譲渡を受けたも
のであり、無権利者である。無権利者に対しては、登記なくして対
抗できる。
4 時効と登記
① 取引行為に限らず、時効によって物権を取得した場合でも、登記をし
なければ、その後に物権を取得した第三者に対抗できない(判例)。元
の所有者に対しては、登記なくして対抗できることはいうまでもない。
例えば、Aの土地をBが時効取得したが(時効に要する期間が経過し
たが)、登記をせずにおいている間に、Aが当該土地をCに譲渡した場
合、Bは、登記なくしてCには当該土地の所有権(時効によって所有権
を取得した)を対抗できない。BとCは先に登記をした者が勝つ。
土地の所有権がA→Bと移転した後に、さらに当該土地がA→Cに移
転した場合(二重譲渡)と同様に考えるのである(判例)。平成19年度
問6肢4参照。
ここで思い出してほしい。無権利者から譲り受けた者は、無権利者であり、
この者に対しては登記なくして対抗できた。しかるに、上のAはBが時効取
得すると当該土地の所有権を失い、無権利者となるから、Cは無権利者か
ら取得した者として、Bは、登記なくしてCに対抗できるのではないかと。こ
のことは、二重譲渡においても、同じことである。AがBに売却すると、意思
主義により当該土地の所有権はBに移転し、Aは無権利者となるから、Cは
無権利者からの取得者となるのではないかと。
しかし、登記が対抗要件ということは、Bは登記をするまでは完全な所有
権を取得していない。Aも完全には所有権を失っていない。だから、Cは全
くの無権利者からの取得ではない。要するに、対抗要件というのは、相対
的な所有権の帰属を認めているのである。
それでは、3の③で見た、無権利者から譲り受けた者は、無権利者という
のとどこが違うのか。それは、そこでいう無権利者は、はじめから所有権が
なく、そもそも所有権の移転ができない者であり、所有権の相対的な帰属を
考える余地がないのである。
以上は全くの理論的なものであり、二重譲渡の考え方を納得するための
もであるにすぎない。
② 次に、Bの取得時効の完成前にAからCへ土地の売却が行われたが、
Bがそのまま占有を続けて時効が完成した場合には、Bは登記をしなく
てもCに当該土地の所有権を対抗することができる(判例)。
取得時効中断事由として、①請求、②差押え、仮差押え又は仮処分、
③承認のほか、④自然中断というものがある、それは、占有の継続が中
止された場合である(民法164条)。Cに売却されてCが登記をした場合
でも、それだけではBの占有継続に何の支障もなく、Bの取得時効は中
断されないことに注意。
この場合には、Bは、Cが登記をしようがしまいが、Cに対して登記なく
して時効により所有権を取得したことを対抗できる。
要するに、土地の所有権がAからCに移転し、CからBに移転した(Bの
時効が完成したときはCの土地だった)場合と同様(A→C→B)、BとCは
当事者の関係に立つからである(判例)。平成22年度問4肢3、平成24
年度問6肢1参照。
3 第三者の意味
以下のように第三者に含まれない者に対しては、登記をしなくても対抗で
きるということである。
① 不動産物権変動は登記をしなければ第三者に対抗できないが、ここで
いう第三者とは、当事者以外のすべての者ではなく、判例によると、「登記
をしていないということ(欠缺)を主張するについて正当な利益を有する者」
である。一般的にいうと正当な取引関係に入った者である。
② ここでいう第三者は悪意の者も含まれるが、「背信的悪意者」は含まれ
ない。判例によると、背信的悪意者とは、単に未登記であるということを知
っているというにとどまらず、未登記であることに乗じて不当に利益を得る
目的で譲渡人をそそのかすような者である。
そして、背信的悪意者からの転得者は、背信的悪意者でない限り、第三
者に該当するというのが判例である。例えば、AがBに土地を譲渡し、Aが
その土地をさらにCに譲渡した場合において、Cが背信的悪意者であれば、
Bは、Cに対しては登記なくして対抗できるが、さらにCから譲渡を受けたD
に対しては、Dが背信的悪意者でない限り、Dに対しては登記がなければ、
対抗できない。平成24年度〔問6〕肢4
③ 不法占拠者(平成16年度〔問3〕肢1、平成19年度〔問3〕肢3)、不法行
為者(建物に放火した者に対しては、登記のない所有者でも、所有権の侵
害による不法行為責任を追及できる)、無権利者から譲り受けた者は、第
三者に含まれない。
無権利者から譲り受けた者とは、例えば、Aの土地をBが勝手に自分の
名義に登記を移し、BがCに売却した場合において、その後にAがDに当
該土地を売却した場合は、Cは無権利者から譲渡を受けた者であるから、
第三者に該当せず、Dは、登記なくしてCに対抗することができる。平成19
年度〔問3〕肢2、平成19年度〔問6〕肢3
ただし、Aが自分の知らない間にBに登記が移転されているということを
知りながら、登記を回復することなく放置しておいたような場合には、Aに
落度があり、通謀虚偽表示の規定を類推適用して、Aは、善意のCには対
抗できないというのが、判例である。もし、このような事情があれば、後に
通謀虚偽表示と登記との関係で見るように、CとDはAから土地を二重に
譲渡を受けた関係に立ち、先に登記をした者が所有権を取得する。
④ 登記法に第三者に該当しない場合の二つの規定がある。
イ、A所有土地をBに譲渡し、さらにCにも譲渡した場合、詐欺・強迫によ
ってCがBの登記の申請を妨げたときは、Cは第三者に該当しない(不
登法5条1項)。
ロ、CがBのために登記を申請する義務がある者であるときは、Cは第三
者に該当しない(例えば、CがBの代理人)である(同2項)。この場合、
Cを全く保護する必要がないからである。
⑤ 不動産がA、B、Cと転々譲渡された場合、Cから見れば、AもBと同じ
で第三者ではなく、当事者の関係に立つ。平成16年度〔問3〕肢4
無権利者から譲り受けた者は、例えその登記を信頼(Bが善意・無過失)
しても保護されないということは前述した。つまり、登記には「公信力」はな
い。登記を信頼して取引をしても保護されない。
これに対して、動産の場合、占有が公示方法であるが(先に見たように
引渡し(占有の移転)が対抗要件であった)、この占有に公信力を認めた。
占有を信頼して取引をした場合、保護される。これが「即時取得」の制度
である。
取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善
意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権
利を取得する(民法192条)。
Aが他人から預かっている動産を勝手にBに売却した場合には、Bが善
意・無過失(Bがその動産をAの物であると信じ、かつ、信じたことに過失
がない)であれば、Bはその動産の所有権を取得する。AがBに質入れし
たときは、Bが質権を取得する。
ただし、その動産が盗品又は遺失物であるあるときは、被害者又は遺失
者は、盗難又は遺失の時から2年間、Bに対して無償で返還の請求をする
ことができる(民法193条)。Bからさらに転売された場合でも、現在の占有
者に対して無償で返還請求ができる。
しかし、その物が次々と取引されている間に競売されたり、店舗に並べ
て売られたり、または同種の物を販売する商人から売られたときは、その
取引 を保護する必要があるので、被害者又は遺失者は、善意(即時取得
後転々譲渡されて悪意の買主ががあらわれた場合、その者には代価を払
う必要がないわけである。)の買主が支払った代価を弁償しなければその
物を返還請求することができないとされる(民法194 条)。
以下において、登記が問題となるあらゆる問題について見ることにする。
1 不動産物権変動
不動産(土地及びその定着物は、不動産とする(民法86条1項))に関
する物権(所有権、抵当権等)の得喪及び変更を、不動産物権変動とい
う。物権の設定及び移転は、意思表示のみによってその効力を生じると
される(民法176条)。例えば、AとBが土地の売買契約を締結した場合、
移転時期を特約で定めればその特約通りであるが、特約がなければ、
原則として売買契約の締結と同時に、当該土地の所有権がAからBに
移転するということである(但し、他人物売買や未完成物件の場合は他
人から所有権を取得した時又は完成した時である)。これを物権変動の
意思主義という。
2 物権変動の対抗要件
① 不動産に関する物権の得喪及び変更(物権変動)は、不動産登記法
その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなけれ
ば、第三者に対抗できないとされる(民法177条)。
これは、当事者間では、1で見たように、契約のみで物権変動は生じ
るが、第三者との関係では登記をしなければ、その第三者に物権変動
を主張(対抗)できないという意味である。
② 物権ではないが、不動産の賃借権も登記を対抗要件とする(民法605
条)。
③ 売買、抵当権の設定、契約の解除・取消しのような意思表示による物
権の変動のみならず、意思表示によらない時効による物権の変動、相
続による物権の変動にも登記が対抗要件となっていることは、後に述べ
る通りである。
④ 例えば、Aが土地をBに売却したが未だ登記をしない間に、Aが当該
土地をCにも売却した場合(二重譲渡)、Bは、Aには所有権の移転を対
抗(主張)できるが(当事者間であるから)、Cには登記をしていないので、
所有権を対抗でないのである。
この場合注意してほしいのは、Bは、自分に登記がなければ、Cに登
記がなくても、対抗できないということである。Cも登記をしていなければ、
Bに対抗できない。登記のない者同士はお互いに対抗できないのである。
一人が登記をすると、その者が完全に所有権を取得するから、他の者は
完全に所有権を失う。完全に所有権を失ったものは、Aの債務不履行(履
行不能)の責任を追及できる。平成24年度〔問8〕肢3参照。
⑤ 次に、Aが土地をBに売却したが未だ登記をしない間に、Aが当該土地
をCに賃貸した場合について、先に見たように賃借権も登記が対抗要件と
なっている。そこで、先にCが賃借権の登記をした場合、又は借地借家法
の適用により、賃借地上の建物に登記をした場合には(借地借家法10条
1項)、Cは賃借権を第三者Bに対抗できる。その意味は、Cの賃借権がB
の所有権に優先するということである。つまり、BはCの賃借権の負担の
ついた所有権を取得するということである。登記の先後によって権利の優
先順位が決まるのである。
先の二重譲渡のようにBが所有権を完全に失うという意味ではない。所
有権と所有権の場合、一方が成立すれば他方は成立しない。しかし、所
有権と賃借権は両立するので、賃借権が対抗要件を満たした場合でも、
所有権を否定するものではない。このことは、Cが土地の抵当権を取得し
た場合でも同じことである。Cが先に抵当権の登記をすると、Bは抵当権
の負担のついた所有権を取得することになる。このような場合、BはAに
対して担保責任の追及が問題となるが、ここではこの問題についてはふ
れないことにする。
なお、Bは所有権の未登記のままでは、Cに対して土地の賃貸人の地位
を主張できない(判例)。つまり、Bは当該土地の所有権の登記をしなけれ
ば、Cに対して賃貸人の地位を主張して賃料の請求はできないことに注意。
これは、AがCに土地を賃貸し、Cが土地上に建物を建て土地の賃借権に
ついて対抗要件を満たしている状態で、Aが当該土地をBに譲渡した場合、
Bは土地の登記がなければ、Cに賃貸人の地位を主張(対抗)できないと
いうのと同じである。平成24年度〔問6〕肢2、平成16年度〔問3〕肢2参照。
逆に、Aの土地がCに賃貸されたが、Cが対抗要件を満たす前に、Bに
売却されBが所有権の登記をした場合にはどうなるか。この場合には、B
は、Cの賃借権の負担のない所有権を取得する。つまり、BはCの賃借権
を排除できる。既に当該土地にCが建物を築造してあれば、その撤去を請
求できる。
動産(不動産以外の物は、すべて動産とする(民法86条2項))の物権変動
はどうなっているか。
意思表示によって物権変動が生ずるのは、不動産と同じである(民法176
条)。しかし、対抗要件は「引渡し」である。動産に関する物権の譲渡は、その
動産の引渡しがなければ、第三者に対抗できないとされる(民法178条)。
引渡しには、「現実の占有移転」、「占有改定」、「簡易の引渡し」、「指図に
よる占有移転」があるが、ここではその説明は省略する。
動産物権には、所有権以外に占有権、留置権、質権及び先取特権がある
が、動産の上の先取特権は対抗要件を必要としないし、動産の占有権、留
置権、質権は別個に占有を要件とする規定があり、民法178条の「引渡し」
を必要とする物権変動は、所有権の譲渡及びこれと同視すべき所有権譲渡
契約の取消し・解除による所有権の復帰に限られる。